のぼせと冷えが、同じ患者に同居する
「顔はカーッとのぼせるのに、足は冷えるんです」。更年期の外来では、こうした相反する訴えの同居をよく聞きます。ホットフラッシュと発汗、動悸、不眠、いらだち、抑うつ、めまい――一人の患者に多彩な症状が入り乱れます。基礎編でやった通り、主訴は入口。この混沌を、証の軸で解きほぐしていきます。
まず西洋医学、その上に証
更年期症状に見える訴えの背後にも、見逃せない病態があります。不正出血があれば悪性腫瘍の除外が先であり、動悸・発汗・体重変化は甲状腺機能異常との鑑別を要します。そのうえで、更年期の証は気逆(のぼせ・発汗・動悸といった気の上衝)、血虚、腎虚、肝鬱が入り混じるものとして読みます。
三大婦人科処方を軸に使い分ける
更年期の土台は、まず三大婦人科処方の使い分けです。
- 加味逍遙散:のぼせと冷えが入れ替わり、肩こり・頭痛・いらだち・疲労など訴えが多彩で移ろう。血虚を背景に気滞・肝の高ぶりが混じる、更年期の最頻の受け皿です。
- 桂枝茯苓丸:比較的体力があり、経血の名残や下腹部圧痛など瘀血があって、のぼせが前面。滞りを巡らせる方向です。
- 当帰芍薬散:やせ型で疲れやすく、冷え・むくみ・貧血傾向が前面の虚証。補って温める方向です。
同じ更年期でも、「まとまりの悪い不定愁訴」か「瘀血とのぼせ」か「冷えと虚」かで、軸が分かれます。
決めきれないときは、目立つ症状で次の三つを
三大処方で決めきれないときには、目立つ症状で次の選択肢を思い浮かべます。原則は単剤で、重ねることを前提にはしません。
- 温経湯:冷えと乾燥傾向がある場合に。手関節痛、手のほてり(手掌煩熱)、唇の荒れが目立つ場合に向きます。保険適応もあります。
- 女神散:のぼせを中心に、多彩な神経症状(めまい・のぼせ・不安・不眠)が入り混じる、気血の乱れの像に。
- 柴胡加竜骨牡蛎湯:比較的体力があり(実証)、動悸・不眠・不安・驚きやすさが前面で、のぼせを伴う像に。虚証の当帰芍薬散とは対極の使いどころです。
HRTとの位置関係 ― 対立ではなく併置
漢方はホルモン補充療法(HRT)に取って代わるものではありません。HRTには確立した適応と有効性があり、血管運動症状などでは第一に検討される選択肢です。漢方は、HRTが適さない・希望しない場合や、HRTの上に残る不定愁訴に重ねる一手として、中立に併置して考えます。どちらかを否定するのではなく、患者の状態と希望に合わせて選びます。
証が方剤を決める
同じ「更年期障害」でも、気逆・血虚・腎虚・肝鬱のどこが前面かで方剤は分かれました。病名だけでは処方が決まらず、証が方剤を決める。これが実践の核心です。
安全性では、加味逍遙散・女神散・温経湯は甘草を含み、連用で偽アルドステロン症に注意します(用量・併用を確認)。女神散・柴胡加竜骨牡蛎湯は黄芩を含み、薬剤性間質性肺炎・薬物性肝障害に留意して適切なモニタリングを行います。更年期は妊娠可能性が完全には去っていない時期もあり、妊娠の可能性は個別に確認します。