「検査は異常ないと言われるのですが」
一般内科の外来には、こんな患者がよく訪れます。「動悸がする、喉に何か詰まった感じ、眠れない、疲れが取れない——いろいろ検査したけれど異常なしと言われて」。訴えは多彩で、しかも本人は確かにつらい。この「検査異常なしの先」に、証は一つの入口を用意してくれます。
まず ― 除外と、心のレッドフラッグ
証を考える前に、外すべきものを外します。甲状腺機能異常、貧血、更年期に伴う変化、内分泌疾患——動悸や倦怠、不眠の背後に器質的・内分泌的な原因が隠れていないかを確認します。妊娠の可能性も、女性の不定愁訴では常に背景に置きます。
そして最も大切なのが心のレッドフラッグです。不調が抑うつの域に達していないか。眠れない・楽しめない・食べられない・自分を責めるといった像が続くなら、希死念慮の有無を必ず確認し、明らかな希死念慮があれば精神科との連携を優先します。心療内科は心因を主とする身体症状を診る内科であり、この場面の紹介先は精神科と考えてください。漢方は、あくまで軽症の不定愁訴に寄り添う一手です。
証で読む ― 気の失調をほどく
多くの不定愁訴の中心にあるのが、気の失調です。気が滞る「気滞」、気が突き上げる「気逆」、そして情緒の不安定。ここを軸に読み解きます。
- 気滞:喉に何か詰まった感じ(咽喉頭の異物感)、胸のふさがり、ため息。ここには気の滞りをほどく半夏厚朴湯が合いやすい座標です。
- 同じ気の滞りでも、虚弱で胃腸が弱く、風邪をひきやすいような人の軽い抑うつ・食欲低下には、穏やかな香蘇散が使いやすいことがあります。
- 臓躁:わけもなく悲しくなって泣く、あくびが多い、情緒が定まらない。こうした像には甘麦大棗湯が古くから知られます。
- 肝の高ぶり:些細なことで怒りっぽい、いらいらして眠れない。ここには抑肝散が向かいます。
- のぼせと冷え、いらいらと気分の落ち込みが混在する更年期前後の不定愁訴では、加味逍遙散が広く受け皿になります。
- 心脾両虚:もともと胃腸が弱く、不安・不眠に食欲低下と倦怠感を伴い、軽いのぼせやいらだちも混じる。ここには加味帰脾湯が有用です。同じ「眠れない」でも、肝の高ぶり(抑肝散)とは虚実の向きが逆で、補う方向の一手になります。
いずれも「不定愁訴=この薬」ではなく、気滞なのか肝の高ぶりなのか、実か虚か、更年期の背景があるか——を読んでから方剤に至ります。
「異常なし」を、対話の終わりにしない
一般内科の外来で大切なのは、「検査は異常なし」を説明の終わりではなく入口にすることです。多くの女性は、原因が分からないまま「気のせい」と受け取られる経験を重ねています。証という別の座標系で訴えを言葉にし直すこと自体が、「あなたのつらさは確かにある」という承認になります。方剤はその対話の一部であって、生活・睡眠・ストレス要因への目配りと切り離せません。そして繰り返しになりますが、抑うつが疑われる場面では、漢方で抱え込まず、希死念慮を確認し専門連携へつなぐ——この線引きだけは、証の議論より先に置いておきます。
安全面もここで押さえておきます。半夏厚朴湯を除く5剤(甘麦大棗湯・加味逍遙散・香蘇散・抑肝散・加味帰脾湯)はいずれも甘草を含み、なかでも甘麦大棗湯は含有量が多いため、連用では偽アルドステロン症(血圧上昇・低カリウム血症・浮腫)に留意し、他の甘草含有処方との総量も意識します。加味逍遙散と加味帰脾湯は山梔子を含み、長期投与では腸間膜静脈硬化症の報告があるため、漫然投与を避けて経過を確認します。妊娠の可能性のある女性では、妊娠期・授乳期の使用可否を方剤ごとに確認してから用います。とくに加味逍遙散は牡丹皮を含むため、妊娠中の使用は個別の判断とされます。